200枚の年賀状をゼロにした。静まり返った元旦のポストが、私に教えてくれた『本当の友人』

はじめに

ようやく終わった~

私が年賀状を書き終えた時の感想です。

そして一年後にあの憂鬱な時間が・・・。

いつからでしょうか。

年賀状を出すという行為が義務のように感じるようになったのは。

このままではいけない。

私はついに決心しました。

年賀状を卒業するぞ!!

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惰性で生きてきた「200枚」の重さ

毎年12月になると、気が重くなっていました。

住所録を見返し、もう何十年も会っていない元同僚や、顔も思い出せない取引先の担当者に「ご無沙汰しております」と書き込む作業。

ここで切ったら、もう二度と繋がれないかもしれない

そんな臆病な心が、私に筆を持たせていました。

でも、退職して2年。ふと思ったんです。 俺、この人たちに、本当にもう一度会いたいのか?

答えは、ノーでした。

「年賀状やめます」宣言という、踏み絵

私は決断しました。

その年の年賀状に「本年をもちまして、年始のご挨拶を失礼させていただきます」と一筆添えたのです。

いわゆる『年賀状じまい』です。

正直、怖かったです

誰からも連絡が来なくなって、社会から完全に消えてしまうような、言いようのない寂しさに襲われました。

期待を裏切る、元旦の静寂

そして迎えた、年賀状じまい後、最初の元旦。

いつもなら、束になって届いていたハガキが、ポストの底にパラリと数枚落ちているだけ。

その数枚は、私の宣言を無視して(あるいは忘れて)送ってくれた、古くからの友人たちからのものでした。

年賀状はやめても、また飲みに行こうな

元気にしてるか? 近くに行くときは連絡するよ

添えられた手書きの一言を読んだとき、視界がじんわりと滲みました。

200人の「義理」よりも、この3人の「本音」が、どれほど今の私を支えてくれるか。

削ぎ落とした先に残る、上質な時間

年賀状を整理したことで、私の心には大きな「余白」ができました。

誰にでも良い顔をするのをやめ、本当に大切な奴と、美味い酒をゆっくり飲む。

それが、今の私のダンディズムです。

大勢に囲まれていなくてもいい。

自分を理解してくれる数人と、丁寧な手紙のやり取りをしたり、たまに顔を合わせて笑い合う。

そんな「濃い時間」を過ごすための道具には、少しだけこだわりたいと思っています。

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最後に:孤独を恐れる必要はない

年賀状じまいは、縁を切る儀式ではありません。

「本物の縁」を見極めるための、知的なフィルターです。

もしあなたが、年末の作業に疲れ果てているなら、勇気を出して手放してみてください。

ポストが静かになったとき、初めてあなたの心に、本当に呼びたい友人の名前が浮かんでくるはずですから。